「グローバル化」「国際化」区別を

2022.1.11 朝刊記事転載    
『年頭にあたり、多くの人々に認識していただきたいことを述べたい。「グロー
バル化」と「国際化」の区別の大切さである。
 奇妙な「歴史観」
 今年は目本の移民国家化元年となるかもしれない。政府は外国人の在留資格
「特定技能」の全分野について永住や家族帯同が可能になるよう制度見直しを進
めている。 所轄大臣である古川禎久法相の認識は危うい。古川法相は昨秋の初
登庁後の記者会見で入管行政に関して問われ、次のように述べた。「・・・白本人
と外国人ということに境界線を引くということが、(略)私は、時代の流れの中
で、ちょっとそぐわないなということを感じています。時代の大きな流れの中で
、そこはより解消されていくべきもの、緩和されていくべきもの」だというので
ある。国境や国籍といった考えは時代遅れであり、グローバル化に向かう歴史の
趨勢のなかで解消されていくべきだという奇妙な歴史観は、古川法相だけでなく
多くの政治家や財界人らが共有している。先頃注目を集めた東京都武蔵野市の住
民投票条例をめぐる議論でも推進派は、投票資格に国籍上の区別を設けることを
否定していた。

 理想世界の2つのビジョン
 グローバル化こそ時代の必然的な趨勢であり進歩なのだという認識は必ずしも
正しくない。政治哲学者Y・ハゾニー氏によれば、西洋の政治の伝統には2つの
理想的世界のビジョンかあるという(『ナショナリズムの美徳』東洋経済新報社
、202T年)。一つは、「多数の国々からなる世界」である。
各々が自分たちの伝統や文化、言語を大切にし、それを基盤とした国を造る。
そうした多数の国々からなる世界である。もう一つは「帝国」の伝統である。
合理的で普遍的な単一の道徳や法を世界に広め、それに基づいて統治が行われる
世界である。人類全体が一つの政治共同体に統合されるという世界像である。
 興味深いことにハゾニー氏は、グローバル化を礼賛する現代の風潮は後者の
「帝国」の伝統に含まれると見る。グローバリズムは帝国主義の一形態だと見な
す。グローバル化を礼賛する現代の風潮は後者の「帝国」ビジョンを共有してい
るといえる。だが同氏の指摘のように理想的世界のあり方はこれだけではない。
 「多数の国々からなる世界」という別のビジョンもありうるのだ。
 私は、以前から「グローバル化」と「国際化」を区別すべきだという主張を行
ってきた。ハゾニー氏の2つのビジョンと類似した区別である。ここで「グロー
バル化」とは、「国境の垣根をできる限り引き下げ、ヒト、モノ、カネの流れを
活発化させる現象、およびそうすべきだという考え方」である。
 他方「国際化」とは、国境や国籍の除去を良いとはみなさない。国境や国籍は
維持したままで、各国の伝統や文化、制度を尊重し、互いの相違を認めつつ、積
極的に交流していく現象、およびそうすべきだという考え方だといえる。
 現在の日本では、「グローバル化」と「国際化」が明確に区別されていない。
この点について先日、私の研究室の学生が興味深い調査を行った。ある高校に協
力を仰ぎ、138人の高2生を対象に国際交流や多文化共生に関する考え方を調
べたのだ。例えば次の2つのうち、どちらのタイプの国際交流が望ましいかを尋
ねた。 ①「国境線の役割をなるべく低下させ、ヒトやモノなどが活発に行き交
う状態を作り出し、様々な制度やルール・文化・慣習を共通化していく交流」
 ②「国境線は維持したままで、また自国と他国の制度やルール・文化・慣習な
どの様々な違いも前提としたうえで、互いに良いところを学び合う交流」である
。 その結果、87%の高段生か、望ましい交流のおり方は②だと回答した。
つまり「国際化」型の交流を望んでいると解釈できる。高校生ではなく成人を対
象として調査してもおそらく同様の結果が得られるだろう。日本人の多くは、
「グローバル化」ではなく「国際化」を望んでいると推測できる。
 建設的議論のために
現在グローバル化に反対すれば「孤立主義者」「後ろ向き」「極右」などと批判
されることが多い。そのため反対が難しい。グローバル化の名の下に、日本の移
民国家化や外国人参政権などの議論を提示されるとこれもまた反対しにくいと感
じる人が大半だろう。「グローバル化」と「国際化」の区別を明確にすれば、
「グローバル化」には反対だが、「国際化」には賛成だということができる。
あるいは、目指すべき世界は「帝国」ではなく「多数の国々からなる世界」だと
言いうる。こちらこそが国際交流や多文化共生のより良き姿である。この認識を
多くの日本人が抱くようになれば、日本の針路についてより建設的な議論が可能
となるのではないだろうか。』

2022.1.11朝刊記事    九州大学教授  施 光恒

権威という欲望

2021.12.8
閑であると余計なことを考える。どうすることも出来ないが隣の大国の挙動が気
にもなり、のほほんと過ごすわけにもいかない。誤った行動にでれば、日本も戦
争に巻き込まれる。大陸が国内動乱、内乱となれば日本にも大きな災難が及ぶ。
兎に角よく聞いた言葉「戦争は絶対してはいけない」は、体験上の日本人の弁。
昔と異なり今のハイテク武器の威力は比べものにならず、一瞬にして悲惨な結果
をもたらす。共産主義国家が行う軍事パレード、その様子を壇上から観閲する指
導者は、目の前に並ぶ武器を使いたい衝動に駆られるそうだ。
先週の大河ドラマ後の番組、太平洋戦争の番組を放送、相前後してBSでも放送
している。同時に新聞でも採り上げている。80年目となる今年、開戦の日とな
った8日を前に放送。戦力的に大きく勝る米英との開戦を何故強行したか?!
当時、石油の8割を米国から輸入していた日本、制裁で石油輸出を止められ、南
方アジアに資源を求める。欧州では独が戦線を拡大、により決行決断。
米英の思惑通りの戦争の罠に。
 さて、我が右派系新聞は2週間余り前に中国記事を載せた。定期的に載る元中
国人の石平氏の記事。それによると、習近平国家主席の狙いを分析している。
□2021.11.25新聞朝刊
「歴史決議」で見えた習主席の限界
『先の「6中総会」で毛沢東と鄧小平の統治期に続く3度目の「歴史決議」が採
択され、習近平中国国家主席の権威付を確立させる狙いがあるという。
「歴史決議」で習近平長期政権への布石となった。逆にこの決議が習主席の限界
も見えてきたと言う。「文化大革命」という国家的大災難が終わった後の「鄧小
平決議」は、この毛沢東政治路線の誤りとその弊害に対する批判に終始。
この様な過去否定の「決議」を行うことによって鄧氏の新しい指導者としての権
威が確立され、いわば「鄧小平の新しい時代」が切り開かれた。毛沢東も45年
に中国共産党史上最初の歴史決議を行ったとき、やはり以前の指導者たちの路線
・政策の誤りを正したからこそ、彼の独裁の時代が始まった。「過去の誤り」を
総括し正すことは、中国共産党における指導者の地位確立と新時代開拓の「王道
」であることが分かる。おそらく今の習主席も毛沢東・郵小平に倣って同じこと
をやろうとしているのだろうが、現実には彼はそれができていないし、できるは
ずもない。習主席主導の「歴史決議」はむしろ、鄧小平とその改革開放路線を高
く評価している。「鄧小平批判」的なことは一言も書いていないのだ。それどこ
ろか、習氏の先輩主席の江沢民氏と胡錦濤氏に対しても、「決議」は簡潔ながら
も丁寧にその業績を羅列して評価し、賛辞をささげている。
 今の中国共産党は鄧小平とその改革開放の時代を否定できないのがむしろ当然
のことであろう。鄧小平の改革開放があったからこそ世界第2の経済大国の中国
があるのは誰もが認める事実である。そして今の中国共産党幹部のほとんどがま
さに鄧小平の時代において成長してきてキャリアを積み上げてきている。「鄧小
平」を否定することは、彼ら共産党幹部自身を否定することとなるのだ。
鄧小平を否定できないなら、鄧小平路線を忠実に受け継いだ江沢民氏と胡錦濤氏
の政治を否定することも当然できない。結局のところ、習主席主導の「歴史決議
」は、「過去の誤りを正した」ような派手なものにはならないのだ。それでは「
習近平の新時代」の一体どこが「新しい」のか全く不明瞭である。それこそが自
らの時代を開こうとしている習主席の限界であって最大の弱点である。
「鄧小平」という高い壁を乗り越えていくのか、は彼にとっての大きな政治的課
題となろう。そのために習主席は、あの鄧小平もできなかったような大仕事を成
し遂げて、鄧小平を超えるような輝かしい業績を作り出さなければならない。
それをどこで作るのかとなると、習主席の目線はやはり、「台湾併合」へ向いて
しまうのであろう。共産党政権の悲願である「祖国統一」を自らの手で達成でき
たら、鄧小平だけでなくあの毛沢乗さえ超えてしまう。こうして来年秋の党大会
で続投となった後、習主席が台湾併合に本格的に動き出す可能性は十分にある』
□2021.12.3新聞朝刊
袋小路に追い込む「再毛沢東化」
先週の紙上では別の教授が『猪木正道京都大学名誉教授の1967年2月の書に
は、「毛沢東思想では中国経済の成長が望めないばかりか、下手をすると、破滅
の危険さえ考えられるとすれば、おそくとも一両年ないし両三年のあいだには、 
非毛沢東化は不可避だろう。・・・・・だが今、習近平国家主席の下で推し進め
られる「再毛沢東化」は、中国国家それ自体を「袋小路」に追い込んでいるので
ある・・・・・続省略』と指摘する。

『 』内が掲載された記事内容。

*関連記事 つぶやき 嗚呼  2021.11.6 「講演会2つ

役に立つ馬鹿

2021.10.19新聞朝刊(記事転載)
役に立つ馬鹿になる勿れ 
『さきの大戦後、この国は何に支配されてきたのだろうかと考えたとき、ふと思
い浮かんだのが「役に立つ馬鹿」という言葉だ。
 馬鹿でも役に立つのなら結構なことではないかと考えるとしたら、それは大変
危険な発想である。 なぜなら、役に立つ馬鹿とは、無邪気にも自分では良かれ
と思ってやっていることが、実は特定の政治勢力に利用されている人物や勢力を
意味するからだ。
 冷戦時代、西側諸国の親ソ連派らを指す政治用語として使われた。現在はさし
ずめ、中国との友好協力に熱を上げる人々や団体がこれに当たるのだろうか。
 厄介なのは、役に立つ馬鹿の力は侮りがたく、時に国家の針路を誤らせ、国民
の生命と財産を危険にさらすかもしれないことだ。
 そんな「役に立つ馬鹿に気を付けろ」と警鐘を鴫らす報告書が今年9月に公表
された。フランス陸軍土官学校研究センター(IRSEM)の「中国による影響
力行使作戦」である。
 作戦の肝は、浸透工作である。標的とする勢力に静かに入り込み、工作対象に
された当人も知らぬ間に中国共産党への理解者にさせていく手法だ。旧ソ連共産
党やロシアが得意とする手口でもあるという。’
 寵絡した相手を使い、党の利益に反する勢力や人物の言動を妨げ排除する。
対象相手国での世論の分断工作も、影響力を行使する上での重要な任務だ。
 報告書は、在外華人や外国における中国共産党への協力者を使った宣伝や国際
機関への浸透工作、インターネットの情報操作の実態を分析している。
 司令塔は党の「統一戦線工作部」だ。内外の敵を排除し、党の権威に挑戦する
勢力に世論戦、心理戦、法律戦の「政治戦争」を仕掛け、そうした勢力の破壊工
作のほか、信用失墜工作にいそしんでいるという。
 これらの作戦を静かに遂行するために中国共産党が熱心なのが、冒頭の「役に
立つ馬鹿」のリクルートなのだと報告書はいう。
 政治面では、影響力のある与野党の議員や引退した政治家、大手メディアを利
用する。経済面では、中国への経済的依存度を高めさせ、禁輸措置や貿易での制
裁、民衆を扇動した不買運動などを仕掛け、多くの企業を屈服させるという。
 教育面では、海外の大学で、中国人留学生を使って同じ留学生や教員、大学当
局を監視するほか、中国共産党に批判的な研究者の処罰を求めたりしていると指
摘している。
 共同研究と称し、他国の知識や先端技術を盗んでいるのも問題だという。軍事
と民間技術の融合を掲げる中国相手に、知らず知らずのうちに、大量破壊兵器や
先端軍事技術、中国人民を弾圧するための監視技術の開発に協力してしまってい
る研究者もいるという。
 純粋な研究だと信じて中国に渡った者もいるだろうが、中国当局からみたら大
枚で釣った、典型的な役に立つ馬鹿の類であろう。
 報告書はまた、中国は沖縄や仏領ニューカレドニアで独立派の運動を煽ってい
ると指摘している。独立派を中国に招いて、学術交流を促す動きなどがあると列
記している。
 いずれも国家の安全保障にかかわる由々しき問題である。中国のような権威主
義国家にとって、役に立たぬ利口者でいられるかどうかが今、問われている。』
                            (論説副委員長)

「人文知」が握る日本浮沈の鍵

2021.7.15新聞朝刊(記事転載)
世界は①自然環境の破壊②民主主義と資本主義の劣化による国際秩序の乱れ
③デジタル技術の悪用・濫用のリスク という長期的だがいま手をつけなけ
ればならない課題に直面している。
 しかし日本社会はコロナ対策と経済回復、オリンピック・パラリンピック、
そして秋の総選挙という、目の前の課題にほぼすべての資源を投じている。
問題の本質には手をつけず、脱炭素、デジタル庁の新設という対症療法で当
面を凌ごうとしているかに見える。
  ===『スマホ脳』をヒントに=== 
いま人類が直面している問題は、専門知のみに基づく目先の政策や制度改革
で解決できる程単純ではない。「人文知」すなわち自然科学・社会科学、人
文学、文化芸術のすべての叡智を総合して、そもそもこれらの問題を作り出
した人間とは何かを理解した上で、解決策を設定しなければならない。
 そのヒントを与えてくれるのがアンデシユーハンセン著「スマホ脳」であ
る。人間の脳には情動と行動を司るHPA系(視床下部、脳下垂体、副腎系)
と呼ばれるシステムがある。これはかつて非力だった人類が肉食動物から身
を守り、乏しい食物を見つけることで生き延び、子孫を残すという最も原始
的な必要を満たすために発達した。新しい情報(草むらの音)が入ると、脳
内のドーパミンの働きで瞬時に反応し、闘うか逃げるかの行動に移る仕組み
になっている。これが作動すると記憶や学習、思考などの後から進化した脳
の働きは後回しにされる。この機能は今でも全く変わっていない。
 その結果、知性がつくった現代 の文明生活とHPA系の間にミスマッチ
が生まれた。自由で豊かな理想社会をつくるための高度な理念体系と規範に、
原始脳が対応できないのだ。その典型がスマホだ。
 その利便性を生活の中で正しく位置付けられず、着信音にあたかもライオ
ン接近という危険信号であるかのように反応してしまう。
一旦スマホを手にとると、企業の戦略にはまって画面に釘づけになる。次第
に集中力、記憶力や思考に支障が生じ、ストレスが高まり、病を誘発する。
  ===相互信頼、共感深めるため===
 文明の象徴でもある民主主義や自由市場経済についても、その規律を守る
ことが後回しになってしまう。原始脳は選挙や競争に「負ける」ことや格差
に我慢できず、感情的に行動し、ポピュリズムを生む。文明体系は理念倒れ
になり、権威主義が勢いづく。このミスマッチはどうしたら解消できるのか。
HPA系の進化の速度は遅く、文明という環境変化のあまりのスピードに追
い付けない。文明の便利さは捨てられない。
 アンデシューハンセンは、スマホの悪影響を最小限にする手段として睡眠、
運動とともに他者との繰り返しの対面を挙げる。共感力が高まり、分断や差
別、その奥にある情動を制御できる。
 山極壽一京大名誉教授によれば、人類は200万年前から40万年前まで
の間に集団生活の規模を拡大した。肉食獣などからの安全性を増すためだが、
そこで必要となる相互信頼構築のために共感力を高めた。 この共感力は霊
長類だけがもつミラー・ニューロンという神経細胞が司るが、言葉の発達以
前のこの時期は、共食と共同保育がその発達を促進した。そこで子守唄に代
表される音楽が重要な役割を果たしたという。
 つまり他との対面による文化芸術活動こそが人間の共感力を高め、原始の
ままの情動と、理念がリードする現代文明生活のミスマッチの橋渡しをして
くれる。群れの拡大で安全を高める手段として発達させた音楽や踊りによる
共感力の向上は、いまやコロナが広げつつある人類の情動と近代文明とのギ
ャップを狭める上で重要な役割を有するのだ。
  ===長い目で見た解決の基盤===
 最近、幼児の非認知的能力を高める教育の重要性が指摘されている。
ノーベル経済学賞のジェームズ・J・ベックマン教授は、40年におよぶ追
跡調査によって幼児期に非認知能力を伸ばした子供は、そうでない子供に比
べてはるかに人生で成功するという。(「幼児教育の経済学」)。
学ぶ意欲が増し、困難に立ち向かい、自分の感情を抑えて他と協力する意欲
が育つから、認知的能力を含む全人格的能力を高めることとなる。共感力は
自然との一体感を育み、民主主義を共同で適切に運営しようという動きをつ
くる。OECDも同様のリポートを出している。
(「社会情動的スキル 学びに向かう力」)。人文知を深く学び、制度や規
制ではなく人間性に問題解決の鍵を求めること、特に幼児の非認知能力の強
化は、長い目で見て人類特有の問題処理の基礎となる。日本人本来の得意技
のはずだ。デジタル庁設立によって情報技術に長けた人材を育成することも
必要だが、折角「こども庁」をつくるなら、子供を算数やプログラミングの
塾ではなく、お稽古事やサークルで文化芸術の嗜みを身に付けさせることを
推進すべきだ。

   元文化庁長官  近藤 誠一 氏